2013年07月31日
焼岳噴火と大正池の昔の写真

今日明日にも校了の上高地の英語版パンフレットの制作のために、焼岳の大噴火の写真を使いたくて、
槍ヶ岳山荘グループの穂刈さんに、お父さんの撮影された写真の写真集をお借りしました。
「大正池」を作った焼岳の大噴火のど迫力、その時に枯れたカラマツが今と違って無数にある大正池。
他にも初代の河童橋や、装備のなかった時代に果敢に冬山に登山している写真。
忙しい最中についつい見入ってしまいましたが、めちゃ面白かったです。
Posted by 会社ごとIターン族 at 09:08│Comments(2)
│山・ハイキング
この記事へのコメント
穂刈さん 懐かしい名前です。
昔の人はたいしたもんですよね。山小屋へのボッカ、山案内人、山道開拓…幡隆上人もいいけど、喜作新道作った喜作の話(新田次郎)には泣きました。
大正池はどうなるんでしょうか?本当にいつかなくなってしまうのでしょうか?
昔の人はたいしたもんですよね。山小屋へのボッカ、山案内人、山道開拓…幡隆上人もいいけど、喜作新道作った喜作の話(新田次郎)には泣きました。
大正池はどうなるんでしょうか?本当にいつかなくなってしまうのでしょうか?
Posted by はんなりよるこ at 2013年08月16日 12:51
さすが、穂刈さんもご存じで。
昔の登山家は、ひたすら長い整備されていない距離を、今のように良くはない装備・重いリュックで歩いて、、、敬服します。
大正池は、電力会社が発電のためという理由でしゅんせつしているらしく、そうじゃないともう埋まってなくなっていたのかもしれません。
昔の登山家は、ひたすら長い整備されていない距離を、今のように良くはない装備・重いリュックで歩いて、、、敬服します。
大正池は、電力会社が発電のためという理由でしゅんせつしているらしく、そうじゃないともう埋まってなくなっていたのかもしれません。
Posted by 会社ごとIターン族
at 2013年08月16日 23:30
